庭の木や大きな石の撤去、外装・内装リフォーム、士業の方のご紹介等、付随する様々な事を大分の孫の手で解決できます

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遺品整理に被災地での経験が活かされ、ネックレスやアルバム、携帯電話等、困難な物も発見することができました

私達の遺品整理の原点は2016年に起きた熊本地震での復興活動です。
解体業からなぜ遺品整理という特殊な業種に進もうと思ったのかは、
この復興活動で困っている人を助けたい、喜んで欲しいという気持ちを
仕事にしたいと思ったからです。
正直な所、解体業は人に喜ばれるということが滅多にありませんでした。
誰かの役に立ちたい思いが遺品整理への第一歩でした。

熊本・大分が大地震に見舞われた頃、私達は地元大分市で解体業を
営んでいました。大分もかなりの被害を受けたのですが、震源地の
熊本の被害は想像を絶するもので、私達にも被災地の家屋の
解体作業依頼が来ました。この頃は、正直に言うと「ただ仕事に行く」
という心持ちで現場に向かいました。

益城町は、震度7の地震が二度も襲う観測史上例のない災害に見舞われた地域で、被害が特に大きい地域でした。
現地に付き、惨状を目にした私達は大変なショックを受けました。家は傾き、全壊している家もあり、
2階の屋根瓦を地面についたまま触れる家もありました。どうやって作業をすれば良いのか、そんなスタートでした。

作業を始める前に感じたのは、地域的にご高齢の方が多いということです。
息子さんや娘さんが遠方に住んでおられ、ご高齢の方がどうすればよいのか
途方に暮れてしまっている場面を目の当たりにしました。
その時点では、まだ解体業者も少なく、圧倒的に足りていない状況でした。
解体に限らず、出来ることは何でもやろうと、全員が一致団結しました。

震災を受け、1階部分がほとんど潰れてしまい、入り口から入ることも出来ない程の悲惨な状況でした。
住まわれている方々が片付けをしていましたが、それも限界がきてしまったようで、解体業者を探されていました。

今まで大切に住んでいた家。必ず大切な思い出となるものが
眠っていると考え、解体の前には探して欲しい物を探す
「思い出リスト」を記載して頂きました。
中には捜索が厳しいものもありましたが、諦めずに探し
続けることで、全ての物を見つけることができました。

壊れたのは家屋だけではありません。この施主様は、農業を営まれ
ていたため、立派なビニールハウスをお持ちでした。
しかし、地震の影響により、倒壊してしまいました。どんなことでも
お力になりたいと決めていた私たちは、一日掛かけてビニールハウス
の修繕も行いました。

熊本地震の時は解体お世話になりました。
崩れた母屋に潜り泥だらけ、汗まみれになって必死に作業してた
姿に頭が下がりました。瓦の破片1つ残さずとっても綺麗に
更地にしてくれたおかげで、新たな家を建てる意欲が湧き解体か
ら2年、もとの場所益城町に戻る事ができます。
今でも連絡を取り合えるのはみんなの一生懸命な姿と笑顔が
忘れられないから…ありがとうございました。

被災地にはまだまだ人手が足りていないという状況を直に見て、
私達は覚悟を決め、一年半程熊本に滞在することにしました。
解体以外にも、力になれることは何でもやろうと、一つひとつ丁寧に
作業を進めていきました。

  • 震災の影響で壊れてしまったものや、すでに不要となった
    ものはお預かりし、所定の位置に直接廃棄いたしました。
    ご自身で運ぶのにも限界があり、大変喜ばれました。
  • 庭の木や大きな石も一緒に撤去したいといったご相談も
    受けました。人の力では到底敵わないので、得意と
    している重機を使い、撤去いたしました。
  • 解体するまでの損壊を住宅が受けておらず、少しの
    修繕で大丈夫。という方々もいらっしゃり、業者さんが
    足りていないことから、簡単な施行を行いました。
  • 解体後の土地の売却問題、大掛かりなリフォーム等、
    私達で行えない部分は、業者様を紹介いたしました。
    解体業は言わば、仲介のような役割も果たします。
    そのため、たくさんの信頼のおける業者様を知っています。

ただ解体だけではなく、頼まれたことや、困っていることを察して、様々なことに
対応できるように動きました。お客様を思っての行動でしたが、結果として
私達の技術力や知識の向上にも繋げることができました。

遺品整理を始めようと決意したのは、他でもないこの復興活動が
あったからです。
車中泊が続きエコノミークラス症候群になる方、仮設住宅での孤独死、
地震による関連死を耳にすることはたくさんありました。
1年半熊本にいたので、大きな余震に合うこともありました。
いつも死と隣り合わせだったのです。

今まで行っていた「解体」は、感謝されることはあっても喜ばれる
ことはほとんどありませんでした。
しかし、復興のための解体は、「あなたが来てくれて助かった!」
「丁寧にしてくれたからこの後の処理がやりやすくて助かる」など、
どなたにも喜んで頂けました。この事が、地元大分に戻ってからも
忘れられず、人に喜ばれる仕事をしたいというきっかけになりました。

「遺品整理」という職業があるということは、以前から知っていました。死と隣り合わせだった1年半を経て、
大分に戻ってから吸い込まれるように興味が湧きました。これこそが、人に喜ばれる究極の仕事だと感じました。
興味を持ち、調べていくと実は解体業と似ており、もしかすると役立たせることがあるのではないかと感じました。

この道10年、多くの遺品整理士を育ててきた、マインド
カンパニーの鷹田様の元で、遺品整理の基礎から薬品の使い方、
掃除方法や道具の使い方など、一連の流れを見て学びました。
この経験は、私達にとって遺品整理に対する考え方を作るための
とても貴重な経験となり、孫の手の基本となっています。

解体業からの遺品整理。ここまでの長い道のりで培った、経験や知識、人脈は
ムダになるものはありません。
すべて揃っている私達だからこそ、できることがあります。
震災は決して喜べるものではないですが、復興活動は人に喜んでもらえることの
嬉しさを私達に伝えてくれました。この想いを常に持ち続け、困っている方々の
お力になれるよう、誠心誠意努めて参ります。

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